[IWJウィークリー第37号より]岩上安身の「ニュースのトリセツ」〜東京都知事選〜


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転載元から抜粋) IWJウィークリー第37号[2014.02.08]

◆◇【3】岩上安身の「ニュースのトリセツ」◇◆

 日付が変わった。2月9日。いよいよ今日、東京都知事選の投開票をむかえる。

 都知事選はドラマの連続だった。まだ投開票も終わっていないので、過去形にしてはいけないけど、本当にそう思う。こんなに考える素材、後日に解くテーマを残した選挙はなかったのではないか?

 選挙戦の最終日は、大雪の中、4人の主要候補のうち、日が暮れてもマイクを握り続けた細川候補と宇都宮候補の両者の姿が際立った。この選挙期間中、我々IWJの取材チームは各候補者たちにずっと併走し続けてきたが、やはり両候補、両陣営の情熱は他を引き離していたように思う。

 今回の都知事選ほど「争点」を選びにくい選挙はない、という声がある。しかし、今回ほど東京の、そして日本の「争点」がはっきり浮かび上がった選挙も珍しいのではないだろうか。

 「脱原発」のシングルイシューで登場した細川護煕氏と小泉純一郎氏は人々を魅了し、街頭演説をすればする程聴衆は増え続け、かつてないほど、多くの都民に、原発の問題を心に刻み込んだ。

 福島第一原発の事故から三年が経とうとしている。事故は収束していないのにもかかわらず、我々は戻れないはずの3.11前の「日常」に、半ば思考停止するように復しかけていた。

 「増え続ける核のゴミをどうするのか」「福島と同じような事故に見舞われた時の備えは」「原発のコストは安いという通説は本当なのか」、多くの国民が気づきながらもなかば気づかぬフリをし始めていた、こうした「今、直視すべき問題」を、細川氏と小泉氏は大胆な身振りで国民に差し出してみせた。

 二人が示した提案は、目新しいものではない。以前、「私が放射脳ってまわりから馬鹿にされながらつぶやいていたことを、二人の元首相が今言っている」。そんな女性のツイートを見かけた。同じ懸念、同じ言葉でも、元首相が口にすれば社会での受け入れられかたが違う。

 「名前」の持つ重みを、いやというほど感じさせられるとともに、「放射脳」扱いされて傷ついた無名の市民の中には勇気づけられた人も多かったことだろう。

 これらの問題は、安倍政権が現在「原発の輸出」「原発の再稼働」「原発の新規建設」に大幅に舵をきろうとしているその横っ面に、ビンタを食らわすものだった。銀座や新宿の街頭を埋め尽くした大群衆は、都民の民意のありかを示していた。多くの人々は「脱原発」を支持しているという事実は、ごまかしようのないものだった。

 原発の問題は際立って大きな争点となったが、しかし争点はそれだけではない。

 靖国参拝に始まる歴史認識、集団的自衛権行使容認や憲法9条改正にひた走る安倍政権の姿は、いま世界中に「中国との戦争準備にひた走る右傾化した日本」という認識を広めている。この安倍政権の暴走に「NO」を突きつける、というのが、もうひとつの「争点」である。

 宇都宮候補は、こうした安倍政権の右傾化に対して果敢に異を唱え、細川候補もまた、同様の姿勢をみせた。対極に位置したのが田母神候補で、原発推進と並んで集団的自衛権行使容認、歴史認識の修正など、安倍政権の「本音」を代弁するかのように、アグレッシブに国粋主義的な態度をとった。舛添候補はこれらの争点を意図的にぼかし、そのため極右的な自民支持層からは不評を買った。舛添候補を応援した安倍総理もまた、街頭でブーイングを浴びるはめとなった。

 だが、争点は他にもまだある。「景気回復」「オリンピック」「福祉」「雇用」「貧困問題」も争点にあがった。そのおかげで、様々な安倍政権の問題点が浮き彫りになることになった。

 消費税増税や生活保護法改正などで、安倍政権は「福祉」を切り捨て、若者の「雇用」を奪い、「貧困と格差」を増大させている。ひと握りの富める者がより富を膨らませていく間に、大多数の持たざる者たちが没落させられていく。そんなプロセスが、もう何年もの間、蛇行しながら続いてきた。

 職を失い、所得を減らされてきた者たちから、さらにもう一段搾り取るために、ある仕掛けが用意されている。大多数の国民の命を守る「規制」を「岩盤」に例えて打ち砕く。それが、今現在安倍政権が最も拙速に進めている「国家戦略特区」という仕掛けである。

 このテーマが目下、安倍政権んが何としても実現したい政策課題である、ということを、示したのは自民党が支援した舛添候補のふるまいだった。

 原発の再稼働も輸出も進めることが自民党の「本音」であるのに、街頭演説では「脱原発依存」を唱えて立ち位置をぼかし、外交・安全保障政策でもタカ派色を抑制して中間層の取り込みを図っていた舛添候補が、もっともあからさまに自らの主張を押し出していたのが、この「国家戦略特区」だった。

「皆さん!特区で、どんどんカネをもうけましょう!」、舛添候補は繰り返しそう叫び、自分をバックアップしている安倍政権の狙いがどこにあるかを、はからずも指し示した。

 「特区」の設置は「規制緩和」とセットである。大企業が金儲けをするために邪魔な「規制」を取り払う、「福祉の切り捨て」「雇用破壊」「貧困・格差の拡大」の集大成とも言える。

 この春にも「特区」の指定が行われる予定で、東京はその最有力候補にあげられている。この都知事選で誰か当選するかによって、この「国家戦略特区」の今後が決まる、といっても過言ではない。それほど重要な争点であるにも関わらず、既存メディアはもちろん、自由な言論の場として期待されているはずのネットでも、この問題にど焦点を当てようという動きは鈍かった。

 我々は、昨年初頭からこの問題を追い続けている。本稿では、「国家戦略特区」とはそもそも何なのか、そして都知事選においてどれほど重要な争点なのかを、解説していきたい。

 その前に、ひと言お断りしておきたい。

 我々は、多くの人々が気づかずにやり過ごしそうになっていた、この「特区」問題を、力を割いてお伝えしてきた。しかしそれは、「特区」問題が、無論、「原発問題」よりも重大なテーマである、という事を言いたいわけではない。

 「消費税」も「TPP」も「貧困問題」も「福祉」も、原発が爆発したら全て吹っ飛ぶ。それどころじゃなくなる。従ってすべてに脱原発が優先する、という主張が一部で唱えられた。

 それは一面もっともであり、俗耳に入りやすい。だが、よくよく考えてみれば、こうも考えられるだろう。

 原発の爆発は巨大な核兵器の爆発ではない。核爆発であれば、そのスケールによるが、一瞬にして人々の営みも苦悩も吹っ飛んでしまうに違いない。だが、原発の事故の怖さは、爆風や熱線で人々や建物をなぎ倒し、焼き尽くすのではなく、目に見えない放射能を広範囲にばらまくことにある。

 その負の影響が健康被害となってあらわれるのは、一先の時間があり、かつ長期にわたる、ということはチェルノブイリの事故をみれば明白である。

 となれば、適切な医療を貧富の差にかかわりなくリーズナブルに受けられるかどうかは、文字通り死活問題となる。高額な民間の医療保険に入っていなければ、適切な医療を受けられない米国のような「新自由主義先進国」の制度を模倣して、その上で原発事故が起こったら、目も当てられないことになる。

 原発の事故の真の恐怖と困難は、一瞬にして世界の終わりとともに、自分の生命を失われる怖さではなく、ガンや白血病を筆頭に、様々な疾患に苦しみながら、「日常」を生き続けなければならないこと、その困難が長く続くことにある。

 であれば、社会保障、公的医療、雇用の確保や公的な扶助など、セーフティネットがほころびずに存在し続けるかどうかは、原発の事故のリスクがあればなおさら心配しなくてはいけない事柄のはずだ。そうしたことをいかにも些事であるかのように後回しにできるのは、セーフティネットの世話になる懸念がまったくないひと握りの金持ち強者のみである。

 我々が原発以外の争点も提示することで、「脱原発の争点隠しではないか」という批判を頂戴することもあった。

 しかし我々は原発問題をこれまでも精力的に取材し、可視化し続けてきたし、これからも微力ながら力を尽くして報じ続けるつもりである。一時期よりも視聴者が激減しても、東京電力や規制庁の会見をすべて中継し続けていることも、福島からの取材・中継を絶やさないのも、その継続的な意志のあらわれだと思っていただきたい。採算がとれなくても、IWJが財政難で存続不可能になるまでは、こうした取材・レポートは最後まで続けてゆく。

 だが、そうした「原発問題」と同様に、「国家戦略特区」とその先にある「TPP」も、「格差拡大」の問題も、「消費税増税」や「安全保障」の問題、「子宮頸がんワクチン」の問題も、重要であると我々は考える。それらは根底においてつながっている。

 「シングルイシュー」を否定はしない。ただ「マルチイシュー」でも、根は同じという意味では「マルチイシューというシングルイシュー」なのだ。この都知事選は、それを考える良い機会になるのではないだろうか。(岩上安身)